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ヒッポの活動を応援してくださっている先生方

ゲノムとことばはつながっている?

中村 桂子

( なかむら けいこ )

JT生命誌研究館館長(生命科学)
トラカレ研究協力者

2005年ひっぽしんぶんNo.24

言葉は公園にある。ニューヨークの公園で遊んでいる子どもは、いつの間にか英語を話し、北京の公園で砂遊びをしている子どもは北京語を当然のように話している。子どもたちはRとLの発音がどうだとかなど考えることもなかろうし、四声なんて知らないと言うだろう。  榊原さんから初めてこの話を聞いた時のふしぎな気持ちを今もよく覚えている。あたりまえ過ぎるくらいにあたりまえのことなのに、今まで誰からも聞いたことがなかった。言葉を自分のものにするには、赤ちゃんのように言葉の中にいればいいんだと言われればその通りだけれど、それでテープを作って(今はCDだけれど当時はテープだった)活動を起こしてしまうなんて驚きだ。

実は、このようにあたりまえのことをいかにもあたりまえそうにやるのが最も難しい。しかもそれを続けるのはもっと難しい。それを少しも軸をぶらせずにやってしまう榊原さん。私も、自分がこれが大事と思うことを考えるのが好きで、世間の評判や流行よりも本質に眼を向ける性質なので、どこか似ているところがあるのかもしれない。今どうしていらっしゃるかなといつも気になっている。トラカレに関わってかなりの年月がたつ。日々の活動に直接参加する余裕はないので、外野で旗を振る応援団程度の関わり方だが。  トラカレを訪れて話をすると、学ぶということ全体が言葉を覚えることと同じなんだとということを教えられる。身のまわりにいつもあるようにすれば、何でも入っていくものなのだ。『フーリエの冒険』や『量子力学の冒険』ができたのならと、ある時『DNAの冒険』もやってみようと勧めてみた。すると、大学院の学生がフウフウ言いながら読む分子生物学の教科書を、皆であちこち噛り始めた。どうなることかと思っていたら、いつの間にか頭の中でなく体にとりこんでしまったのである。しかも、そこで得たものを自分たちが考えたり、暮らしたりする中で、勝手に使い始めた。そう、言葉と同じで、トラカレの人たちは何でも使ってしまうのだ。使わなければ意味ないよ!ということなのだろう。なるほど。

ところで、今私は「生命誌」という仕事の中で、言葉と向き合い始めている。現代生物学は、地球上の生きものは皆細胞でできており、その中にDNA(ゲノム)を持っていることを見出した。これが偶然起きたとは考えにくいので、大昔(38億年ほど前と思われる)原始の海の中で生まれた一つの細胞を祖先とし、長い時間をかけて多様化してきたのが、今の生きものの世界だと考えている。つまり、生きものはすべて仲間。DNAという情報を読みとって生きている。共通だけれど多様。それぞれの生きものは、自分の特徴を生かしながら暮らしている。その中で人間(ヒト)という生きものの特徴は何だろう。そう問えば、すぐに頭に浮かぶのは「言葉」である。人間が人間であるのは言葉を持っているから。それにしても、言葉はどこから来たのだろう。どうしてもこの問いが生まれる。

長い長い歴史を振り返ってみよう。始まりは宇宙の誕生、最近になってそれは137億年前であることがわかってきた。最新の望遠鏡で見えてきた宇宙の涯が、宇宙の年齢を教えてくれた。その宇宙の中で生まれた一つの星地球に生まれた生命体、その中から生まれてきた人間。それを考えると、今自分がここにいることがとてもふしぎに思えてくる。物質の中から生命が生まれる時にある飛躍を支えたのがDNA(ゲノム)なら、数多くの生命体の中から人間が生まれるという飛躍を後押ししたのは言葉だろう。科学の世界では、物質としては宇宙誕生から現在まで連続していることを証明しているのだが、一方でゲノムと言葉という形での飛躍があったことも事実である。

興味深いことに、ゲノムは、A・T・G・Cという記号で表現される物質が鎖のように並び、その並び方が生命現象のありようをきめている。まさに、言葉が、文字が一列に並ぶことによって意味を表しているのとそっくりだ。この構造の類似は偶然なのだろうか。とても気になっている。  今、ゲノムの研究は二つの面から行われている。進化と発生である。ゲノムという言葉が、一つの細胞から始まり、38億年という長い時間をかけてどのように作られ、使われてきたか。また現在、卵という一つの細胞の中にあるゲノムを読み解いてどのように体を作っていくか。ここからゲノムの特徴を解明し、言葉との関係を考えてみたい。まだまだ遠い先のことだろうが、こんな望みを持っている。言葉は、単にコミュニケーションのためだけにあるのではなく、考えるため、生きるために不可欠のものだ。どんな言葉を大切にするかは、その人の生き方を示す。今私は、「愛づる」という言葉を大事にしている。一人一人が自分にとって、更には他との関係の中で大切にする言葉を持って欲しい。

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