TOP > ヒッポの国際交流とは?

メンバーの声

多言語を多世代の仲間と育んでいるヒッポ。そこでは今まで知らなかった新しいことばに出会ったり、世界各地の人たちとの出会いを通して、様々な冒険、体験が待っています。そんなメンバーの体験談をご紹介します!

お父さん体験談
大学生体験談
小学生体験談

父から僕へ、そして息子へ

1992年の夏、私はアメリカへ1ヵ月の交流に参加しました。当時の私はとくに海外が好きでも嫌いでもなく、ある日父親から「アメリカへ行くか?」と聞かれ、今後長い人生で海外に行けるチャンスがないと思い「うん、行く」と答えたのがきっかけです。ホストファミリーはメリーランド州の郊外の閑静な住宅地に住む家庭でホストママ、お姉さん、お兄さん、2人の弟たちという賑やかな家族で、週末には教会へ行ったり、時にはホームパーティで一緒に行ったヒッポの仲間と再会し美味しい料理を食べ庭のプールで泳いだり、また湖にも連れて行ってもらいそこで馬に乗る体験もしました。楽しい思い出とともに初めてのアメリカで英語にも苦労した覚えもあります。夢の中で英語が頭の中をぐるぐる回り変になりそうと思いふと目覚めたらステイ先のベッドの中だったこともあります。でも英語ということばだけでなく、表情や身振り手振りもふくめて、こんなこと言ってるのかな?と思いながら聞くと「そう、よくわかったね」とほめられたのが本当に嬉しく、こんなふうにいろんな人と話してみたいと思い、帰国後もまた海外へ行ってみたいと思うようになりました。

それから24年が経ち日々の生活に追われヒッポのことも忘れていました。そんな時に妻が近所でやっているヒッポの案内を持ってきて「行ってみない?」と誘われました。私は「そういえば昔ヒッポでアメリカへ行ったよ」と話しながら気軽に見学するくらいの気持ちで行きました。しかしその会で、小さな子から高校生たちが自分のことばで話している姿を見て大きな衝撃を受けました。誇りをもって話してるのがよくわかるのです。そしてヒッポに参加しようと決めました。
あれから1年半、私も息子もヒッポを楽しんでいます。息子はファミリーのいろんな世代の人たちに遊んでもらい、親の手から少しずつ離れていられるようになりました。寂しい気持ちと嬉しい気持ちと混ざり合うなかで私は見守ることにしました。親は時にしつけやこだわりを通して自分の価値観でこどもをしばってしまうことがあるかもしれません。もちろん大切な部分もあるけれど、こどもの可能性が広がらないことになりかねません。昔私が父に「海外へ行かないか」と聞かれたことから始まったあの交流によって、多くの可能性や当時の私の知らない世界が開けました。

先日、離れて住んでいる父に、息子と一緒にヒッポをやっていることを話すと「それはよかった」と涙ぐんで喜んでくれました。父親になった今、当時どんな気持ちで私をヒッポに誘ってくれたんだろうか、きっと父なりの考えがあって誘ってくれたんだと思います。今、息子だけではなく私自身も人間として、また父親としてヒッポを通して成長していきたいと考えています。

父から僕へ、そして息子へ

僕は1歳のときからこの環境の中で育ってきたのに、それに何の意味があるのかずっと疑問に思っていました。それでも海外に行くのは好きだったので、これまでいくつかの交流プログラムには参加して、大学2年が終わる頃に休学しWIP(ヒッポの海外インターンシップ)でアメリカとケニアに行くことにしました。

僕がケニアに行こうと思ったのは、自分が大学で学んでいる林業ができるから。そして、日本とは全く違う環境に行きたいと思ったからです。いざケニアでの暮らしを始めてみると、ケニア人は時間は守らない、借りたものは返さない、肌の白い僕が街を歩けばすれ違う人みんなから“Mzungu!(白人)”と呼ばれ、お金をくれと言われる。憤ることもたくさんありました。

ですが、ある時僕とこのケニアの人たちはどっちが変なんだろうと考えました。すぐにここで変なのは僕だということに気づきました。ケニアでは時間を正確に守るという概念が全くなく社会が成り立っています。外国人の僕が「なんで時間が守れないんだ!」と怒っても、変なやつだと思われるだけです。それに気づいてからは、ケニアの人たちの生き方に身を任せることにしました。僕の常識は、自分の狭い世界の中でだけの常識であって、一歩そこから外に出たらそれは全然正しいことではなかったのです。

WIPに行く前、多言語に興味が向かず相変わらずヒッポを続けていくことの意味を探す僕に、母は「ヒッポでは多言語をしているけれど、それ以前に人と会う活動だ」と言いました。でも喋れなかったら意味がないだろ!としか思えませんでした。でも今ケニアでの自分を思い返すと、人との距離をどうしたら縮められるかをずっと考えていたことに気づきました。目の前の人と話すことばに寄り添ってその人のことをより理解したい。僕が大事にしていたのは、その人が何を考え、どんな文化を持ち、どうやって僕と関わろうとしているかを考えることでした。そこには「何語はないといけない」というものはありません。人と出会うことが楽しいという感覚は多言語活動を通して得たのだろうと思います。

●森雅典・大学生/愛知県

父から僕へ、そして息子へ

ゲストが来る前はすごく楽しみだったのに、ゲストがきたら、ことばがわからないってことに気づいて、こまりました。何を言っていいかわからないので「ドゥ—ユーライクバナナ?」と聞いたら「イエス」と言ってくれたけど、それでおわりました。だからいっしょにテレビを見るしかありませんでした。

食事中も何も話すことがうかばず、ただ目が合い、わらうだけでした。目が合うとわらうけど、何か話さなくちゃ、と思うようになり、目すら合わせることができなくなってしまいました。私はこのことをすごくこうかいしています。ゲストにかわいそうなことをしてしまいました。

ゲストが帰る前の日に、もうあそべる時間がないとおもったので、がんばってゲストのへやにいきました。しゃしんを見ていたので「お父さん?お母さん?」と聞いたら、マネして「お父さん、お母さん」とゆびさして教えてくれました。

話しかけたらちゃんとニコニコ話してくれたので、うれしくなりました。そこで、私がちゃんと話しかければ、ゲストも楽しそうにニコニコこたえてくれるんだなと気づきました。私が心をひらけばゲストも心をひらいてくれる、ということに気づきました。

●田中もも・小学3年生/千葉県
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