TOP > ヒッポの国際交流とは?

メンバーの声

多言語を多世代の仲間と育んでいるヒッポ。そこでは今まで知らなかった新しいことばに出会ったり、世界各地の人たちとの出会いを通して、様々な冒険、体験が待っています。そんなメンバーの体験談をご紹介します!

家族交流体験談
青少年交流体験談
べべフィールド体験談
受け入れ体験談
C3P体験談
お父さん体験談
お母さん体験談
初交流体験談
フェロウ体験談
WIP体験談
新メンバー体験談
多世代体験談
Hippo育ち体験談

韓国でも日本でもヒッポ!

韓国では毎日ヒッポ。日本と同じようにSA!DA!をしたり、輪になって話をしたり…。もちろん子どもたちは走り回ってる。ただいつもより韓国語がたくさん聞こえる。それだけの違い。最後の夜、子どもたちはどこの国だとか関係なく、一緒に大笑い!こんな広い世界を小さな頃から見せられるヒッポってすごい!とホスト家族と話しました。

帰国後、韓国でゲットした「ハラボジ、ハルモニ」がどうしても言えない私。ヒッポをやってなければ、そんな自分に自信喪失し悩むと思う。でもメンバーの2歳の子が『たまご』が上手く言えないのと一緒だ!今は自然習得してるって興奮してくる。ヒッポってこんなに楽しかったっけ?自分が変わると、見える世界も全く違ってくる。まだまだ楽しい世界がありそうだ!

●平川由香里・さくら(6歳)・一誠(4歳)/愛知県・シロメボジャF

アメリカ

双子の娘たちが、中1の春休みに初交流でカリフォルニアへ。2人とも学校の友だちに「あまり英語が話せないのになぜアメリカに?」と聞かれたことで、ことば以上に大事なのは、目の前にいる人に向き合うことや笑顔!と気づくことができました。
瑛梨香はアメリカでは笑顔を心がけていたけれど、ホストファミリーからよく「Are you fun? Are you tired?」と聞かれ、あれ?自分は疲れた顔をしているのかな?と思い、それから気をつけるようにしたとのこと。
帰国後、塾の先生が「瑛梨香さん、笑顔が増えましたね」と言ってくれて、とても喜んでいました。

玲奈のホストファミリーはいろんなことばを話す家族。ドイツ語、スペイン語でも自己紹介をしたらとても喜ばれたそうです。ファミリーでいつも言っていることばが、す~っと自分の口から出てきたことにびっくりし、相手が話すことばで返すと、そんなにも喜んでくれるんだと感じたみたいです。それぞれにやりきった交流でした。

●佐藤富久栄・フェロウ/静岡県・ルミエ~ルF

子育て楽しみ過ぎ!

私は夫に「君は子育てを楽しみ過ぎている」と言われる。年末に2人目の華が生まれ、ますますヒッポに行ったほうが家にいるよりラク。ヒッポに行けば二人ともみんなが相手にしてくれる。妊娠9ヵ月の時の受け入れも、周りにびっくりされたけれど、妊娠中もほぼ毎日ヒッポに行く生活をしていたので大変に思うことは特になかった。
お兄ちゃんの純は、1ヵ月保育園に行っただけで、語尾の「だよ」「なの」「ですよ」とか、助詞「の」「に」「が」など、ことばのバリエーションが急激に増えた。保育園では言いたいことを伝えるために、自分の中に貯まっていた音を活用し始めたのだろう。

ある日突然数字を数え始めたので保育園で教わったのかと思ったら、「始めから数えられてましたよ」と先生に言われ驚いた。口にはしなかったけれど、貯まっていたのだ。純を見ていたら、ことばは人とのつながりの中で育つのだと思う。うまく喋れなくても相手に伝えようと喋るうちにことばが育つから、私も見習わなくてはと刺激を受けた。純が泣くとなぜか共鳴するように華も泣きはじめる。真似っこなのかな?二人を見ているのが楽しい。

●中村奈津子/東京都・ししゃもトゥッティF

スイスのYL生セラフィナ受け入れ中

最初は英語での会話が多かったのですが、無口になるよりは良いかと思い、自然にまかせていたら関西弁が!
ある日、セラフィナが「Do we haveお餅つきthis weekend? I thought you said お餅つきなんちゃらかんちゃら」と。私が「なんちゃらかんちゃらって、どこで聞いたん? めっちゃ関西弁!」と驚くと、彼女は「I heard なんちゃらかんちゃらat school, also at home. What is 関西弁?わかれへん」と。
"人間は環境のことばを話す"実例がありすぎる面白い毎日です。

●川崎裕美・フェロウ/兵庫県・カルネイロF

C3Pへ、我が家の道のり

夫と3人の子ども(高1・小6・小3)と家族でヒッポに参加。始めた頃は2歳だった娘と二人でファミリーに行くだけで精いっぱい。その後、息子二人が生まれ、夫もヒッポに加わり、末っ子が2歳になる直前に家族でメキシコ交流へ。メキシコのママから「子どもたちにCD聞かせてる?」と言われ、我が家でもCDが流れるように。また、ファミリーも最初から最後まで行くことを前提に生活を工夫するようになりました。

2010年に単身メヒコ交流に参加した夫が、交流前には朝起きると規則正しくスペイン語のイチローをかけていました。洗面所でお化粧をする時は、いつも決まって「イチローがべリンダにプロムを申し込む場面」。私は毎日「今日もイチローがOKをもらった」のを確認して安堵。その後C3Pになり、スペイン語のCDだったら頭の中から勝手に流れてくるんだよね、とつぶやいていた長女はメキシコにYLを決心。英語の苦手な娘のテスト対策で1台は英語のCDに。そしてたくさん歌って見事合格!母の私も「オドロキすごい歌えてるじゃん!」と言われる嬉しいおまけがつきました。

今はいろんなところでいろんなCDが流れている我が家。息子たちの鼻歌はSA!DA!の曲。テレビでヒッポのCDに使われている曲が流れると「あっ!ヒッポの曲だ!」家族みんなの中に音は確実に体にたまってきているようです。また、チワワでYL中の娘に会った方から「娘さんのスペイン語、すごかったよ」と聞きました。ヤッター!

●大谷晶子/神奈川県・あんシャンテF

お父さんだってドキドキ!? 初海外出張奮闘記

仕事で外国語に困ることが増えてきたことから、子どもたちには小さいうちから外国語に馴染んで欲しいと思い、2年半前に家族4人でヒッポを始めました。こんな僕が12月に、インドネシア・マレーシア・シンガポールの現地の会社を訪問してきました。
もちろん、どの国も初訪問だし、そもそも海外出張自体が初めてでしたが、ヒッポらしくマレーシア語の自己紹介をほんの少し準備し、いざ出発!

シンガポールに到着する時には「ヒッポのCDにある機内アナウンス(マレーシア語)が生で聞けるかも?」と楽しみにしていましが、流れたのは日本語と英語だけ。残念。でも、インドネシアへ移動の飛行機では英語と知らない言語が…。「インドネシア語かな?」(もちろん、インドネシア語は全然知らない)とよく聞いてみると、「…ポエンポエン…テリマカシ」と聞こえてきた!「え?なんでここでマレーシア語やねん!?」だけど、すぐさま「マレーシアとインドネシアとは近いんだ!インドネシアでもマレーシア語の自己紹介で通じるはず!」と根拠なく直感しました。

ワクワクしながらインドネシアでの最初の会社を訪問。同僚たちが英語で話していたのに対し、ヒッポらしく!というミッションを自分に課し「スラマッパギ!ナマサヤ・・・」と自己紹介。すると、満面の笑顔とともに「そうそう!スラマッパギ!マレーシア語話せるんだ!」とハイテンションな返事が返ってきた!「No, that’s all.テリマカシ」って返事したら、これまた妙にウケるではないか⁉
後の会食では調子に乗って、5歳の息子が好きなインドネシア語のSA!DA!「ラササヤン」を聞いてもらい、ヒッポの説明と楽しさを、カタコトにもならない英語と魂を込めた身振り手振りを駆使して、必死で伝えました。
インドネシアで味を占め、マレーシアでも「スラマッパギ・・・」「テリマカシ」を使いまくり。みんな最高の笑顔で気持ちよく受け入れてくれて、いつしか「出張」が「旅行」みたいになっていました。

もちろん「仕事」なので、専門用語を含む難しい英語がスピーディに飛び交い、通訳は必須です。今回、海外ビジネスでは英語は非常に重要であると痛感し、今更ながらがんばらねば!と思いました。
一方で、人同士が仲良くなるには、すべてを英語でクールに決めるのももちろんいいと思いますが、互いの国の言語を混ぜながら、身振り手振りで伝えたいと必死に魂を込めて話すことでも、その気持ちは必ず相手に伝わるし、互いの距離がとても近くなることもわかりました。
ところで、出張中、必死に英語に食らいついていたので、日本に帰ってきてCDを聞くと、英語がクリアに聞こえるようになっていたのには本当に驚きました!たった3日ほどで元の耳に戻ってしまいましたが…。最後になりますが「スラマッパギ」が「こんにちは」ではなく「おはよう」であることを知ったのは日本に帰る飛行機の中でした。

●北田明/大阪府・泉大津Wald F

いつの間にか育っていた韓国語

夫の韓国出張が決まった時のこと。仕事ということもありテンションが下がっている夫に向かって、小1の息子しゅうまは「父ちゃん、韓国に行くの?いいなぁ!」と言いました。日韓関係の悪い情報も流れている昨今、私は息子が韓国によいイメージを持っていることをまず嬉しく思いました。
続けて「何か知ってる韓国語あるの?」と尋ねられた息子は「オンマって言えばいいんだよ」と迷わず答えましたが、直後、私に「オンマって、なんだっけ?」と。さらに、やったことのなかった韓国語の自己紹介やSA!DA!でやっていた韓国語の1から10までの数字もすらすらと口から出てくる。
「韓国のマー君がうちに来たね」と受け入れしたことを思い出したり、「焼き肉、おいしかったんだって」「家が狭かったんだよ」とファミリーでいつの間にか聞いていた韓国交流に行ったメンバーの話もどんどん出てくる。

最後にお父さんに韓国の国旗の絵を添えて、応援メッセージも書いて渡していました。そんな我が子の姿にCDやファミリーで日常なんとなく耳にし、触れていたことがこんなにたくさんあったんだ、とびっくり。

ヒッポでは小5から青少年交流で韓国やロシアに行く子が多いけど、どうして海外の知らない家庭に一人でホームステイして「楽しかった~!」と帰ってこれるのか、ずっと不思議でした。今回の息子の様子を見て、普段が大事なんだ、いつの間にかたくさんのことが溜まっていて、いざという時に自然と出てくるんだと納得。
しゅうまは「5年生になったらロシアに行く」と言って、申込書も書きました。
まだ先のことだけど、毎日が準備。家族でヒッポの日常を楽しんでいきたいと思います。

●岸村克枝・フェロウ/神奈川県・オアオアF

BRAZIL

初交流で地球の反対側、ブラジルへ行って来た。出発前、一緒に行く仲間に会うために他地域のファミリーへ出かけ、ヒッポCDを歌い、CDの音を使って自己紹介の紙芝居も作った。
迎えてくれたホストファミリーは、自分より若い夫婦と1歳の女の子。連日50~60人が集まって年末年始を過ごした。朝から食材を買い出し、ショッピ(ビール)を飲みながら仕込み、フッチボールして汗をかいたらプールに飛び込み、話をしながら食事をする。

初めから距離感が近いのはホームステイだからなのか、友だちの家に来たような感覚で、家族のこと仕事のこと沢山の話をした。僕が音楽好きだと知ったホストファミリーの兄弟は、友だちのバンドを呼んで一日中聞かせてくれた。

目の前のことを楽しんでいるうちにあっという間に5日間が過ぎた。ポルトガル語しか話さない人たちと通じ合えたのは何故だろう。CDと同じよな場面でなくても、なぜか使えるフレーズがたくさんある。初めて聞いた音も数回聞くと前回のシチュエーションと重なり意味がわかる。神経衰弱のようだ。

点だった音が繋がって線になり、面ができてどんどん立体感を持ってくる。勉強した英語は壁打ちみたいに自分の投げたことばしか返ってこないが、会話はキャッチボールだから決まった返球がなく、常に予想しながら準備してる。

そのうち予想が当たるようになってくるとますます面白かった。帰国して交流報告をすると、ポルトガル語が増えていた。いつ増えたのかはわからないが誰が使っていたポルトガル語かはわかる。
今思うのは、ヒッポのCDは非常食のようなもので、使うか使わないかじゃなく、いつでも取り出せるようにしておくためのものだと。お父さんでもなく、旦那でもなく、僕個人が感じたブラジル。今後も仲間とヒッポの経験を分かちあいたい。

●岸本良/東京都・シャンテレソンF

八戸にもっと豊かな環境を!

フェロウをやりたいという気持ちはずっとあったものの、家業が八百屋で難しいとあきらめていました。その代わり、ルーマニアのYL生のアンドラ受け入れなど、できることには何でも家族で挑戦してきました。
昨年末、娘が進学で巣立ち、家の中がすっかりさみしくなり、これからは静かに細々とヒッポを続けていこうと思っていた矢先、アメリカや台湾、そしてアンドラの里帰り、MITのスザンヌ先生など、次々に世界の人々が遠い北国八戸まで来て、出会えた奇跡に感動。
「みんなともっとこの感動を共有したい」と、ヒッポに出会って18年越しのフェロウ宣言をしました。

立ち上げ準備に追われる毎日の中で、フェロウになるための準備が青少年交流やYLと同じだなと実感。まず、どうしてやりたいの?と聞かれる。CDを聴く時間が増え、ファミリーで揺れ動く自分の気持ちを聞いてもらう。まだ見ぬメンバー=ホスト家族って感じ?みんなが一緒に応援して、準備してくれるのも同じ。お陰で出会えた新メンバーは恥ずかしがり屋のお母さんと5歳の女の子。「フルで働いているので子どもと一緒に過ごせる時間を大切にして、気長に楽しく話せるようになればいいな」と言ったお母さんに、「それで大丈夫よ」と声をかけた私。二人に昔の私たちを重ねています。
高校生の時には部活に明け暮れていた大学生の末娘も「やっぱりヒッポで留学に行きたい」と言い出し…。私も最近はウソみたいにCDがゆっくり聴こえ出して、「らしさ」全開で車の中ではエンドレスでメタ活。

もっと八戸の人にヒッポを知ってもらいたい。「私たちにもやれる」と思ってほしい。八戸にも多言語が必要な環境があるはず。フェロウになったことで新たな発見や感動もあり、想定外の展開をこれからも楽しんでいけたらなあと思っています。

●高橋淑子・フェロウ/青森県・フェリーチェF

ヒッポは逆転の発想!!

ヒッポを始めて3ヵ月。ひとつのことばを習得するのでさえ大変な苦労が必要だと考えていた私にとって、逆に多言語を習得することで、より易しく一つ一つのことばが習得できるという考え方は面白い!と思いました。
また英語は読み書きから習いましたが、ヒッポでは「全体をまず聞いて、読み書きは最後」とこれまた逆の発想で面白い!と思ったのと同時に、やっぱり最初は半信半疑。でもヒッポの雰囲気がよかったこともあって、思い切って参加を決めました。

親子で、CDでいろんな国のことばが聴けるのも楽しく、最初は私の後ろに隠れていた4歳の娘もいろいろなSA!DA!を楽しむように。
入会して間もなく、娘が突然、教えてもいないのに「My name is…」と自己紹介を言い出しました。
心当たりと言えば、ファミリーで私が繰り返しやっていた英語の自己紹介。聞いていたんだ!と感動しました。

私にも変化がありました。娘がめちゃくちゃな歌詞で英語の歌を歌っていても「メロディーはつかんでいる。やがてちゃんと歌えるようになる」と結果よりも過程を楽しめるようになりました。
そしてこの1ヵ月間だけでも、タイの小学生とお花見やスケート、シカゴ大学からのゲストとの持ち寄りパーティー、オーストラリアの高校生とピクニック…などなど。

いろんな国、世代の人と遊びを通じて交流するうちに、自分の心もどんどん開かれる気がして、世界が広がったように思います。

●金納陽登美/広島県・てげてげF

丸ごとガーナ人になりきったWIP

マーハ!私はガーナのクマシ(ガーナで二番目に大きな都市)のコロンブス孤児院で最初の3ヵ月は小学校のクラスで体育の教師を、その後9ヵ月は主に幼稚園や保育園の手伝いをして、毎日いろいろな子どもたちと触れ合ってきました。

ガーナで一番大切なことはその人たちといかに近く触れ合うかということ。動きも表情も丸ごとガーナ人になり切ろうと思いました。ことばも他の国の派遣生は英語を使っていたのだけれど、私はなるべくみんなが話しているトウィ語で話すことに。

ガーナではお互い行きかう人たち一人一人にあいさつを欠かさない。だから道の向こう側から「おーい、元気かー?アティセイン?」なんてよく言っていたなー。
毎日のように起こる停電で「ドゥムソドゥムソ」と真似して一緒に言ったり。ある日、井戸が閉まっていて困った時、そこにいたおばさんに「メパーチョ!オベマメウスオアーナ?メパセメコジャーレ。(すみませーん。水をいただけませんか?お風呂に入りたいんです)」と言ったら「ヨー。マーテ。(わかったわ、いいわよ)」と水を分けてもらえました。

ことばも人も一瞬にして近くなった感覚を覚えました。最初は食べられなかったバンクー(とうもろこしが原料の酸っぱいおまんじゅう)も食べられるようになり、トウィ語も出てくる。そして何より僕を大切に思ってくれる子どもたちや友だちがいる。

ガーナという国は平和で、みんなと仲良く肩を組みながら「ヘイ!チャレ!」(おい、友よ!)と言っている愉快なところです。みんなにも行ってほしいな!!今でもコロンブスを発つ時の、私の乗ったタクシーの後を走って追いかけてきてくれたみんなの顔を忘れられません。

●小林航大・大学生/神奈川県・シオナダF

三世代でヒッポ

娘たちが就職し、自分のために楽しめることを、と考えていた時、ヒッポに出会いました。家族にはヒッポのことは話すけど無理強いせず、一人で楽しんでいました。そのうち、下の娘が結婚し孫ができたので、それとなく勧めてメンバーに。そして上の娘は転勤で福岡へ。知人のいない福岡での生活は大変だと思い、勧めるとメンバーになりました。

福岡の孫が電話で「ワリィズヒッポ?」とCDと同じように言うんです。先日はヒッポCDの英語を一緒に電話で歌いました。
今は「チアイダスナク」を歌いたいそうなので、今度一緒に歌いたいと思います。一人でヒッポを楽しんできたけど家族でするとみんなで楽しめることがすごく楽しい。

●篠木久美子/大阪府・泉大津Wald F

教えないからこんなに楽しい!!

私自身、広島でヒッポを始めた両親のもとで育ち、結婚して、子どもも生まれ、今はヒッポで子育てを楽しんでいる。
娘の莉子は2歳くらいから“こども”のことを“こもど”とずっと言っている。莉子の周りの人たちは(特に私ね!)みんな“こもど”って言うようになっていった。莉子もその中ですくすく育つ。でも、保育園に行きはじめて1年くらいたった時に、私にそっと教えてくれたんだ。「保育園の友だちみいちゃんは“こもど”って知らないんだよ」って。私は、「へええ!知らないの??なんでだろう?」なんて受け答えをしていた。
1年くらいたった頃、また莉子が教えてくれた。「どーもね、“こども”と“こもど”2種類あるみたいだよ」って!!内心、ぎゃああ!!と叫びながらも頑なに教えない私。莉子が“こども”を掴んでいくプロセスを見守った。

それから1週間後、莉子から衝撃的なことばを聞いた。「ねえねえ、お母さん。知ってた?“こども”って日本語なんだよ。それで“こもど”はねえ。韓国語なんだ」わぁお!!私が考えていたより莉子を取り巻いている環境はすごかった。
莉子はヒッポの環境で育ってきて、周りに何語でもバンバン話しかけられて、それを普通に受け止めて、当に「多言語」がある環境が当たり前で、「もの」にいくつもの言い方があるってことが当たり前になってるんだ!!
莉子はきっと今から日本語の“こども”も韓国語の“アイ(こども)”も自分で見つけていく。私は莉子と一緒に多言語の波の中でそのプロセスを楽しんでいきたい!

●中島周子/福岡県・ファンタスティコF