グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ


ヒッポのある生活コラム

「ヒッポって何?」疑っていた夫が、家族で多言語活動を楽しむようになるまで


M・Y/長野県

【夫のつぶやき】不信感から「親父仲間」ができるまでの変化

⚫︎長男6ヵ月の頃:「ヒッポって何?」怪しむ私と、突然始まったホームステイ

急に妻の長電話が増えてきた。しかも電話口でゲラゲラ笑っていて、テンション高すぎ。「ヒッポって何?」と妻に聞いたけど、要領を得ない。怪しい・・・

その後、押入れの中から多言語CDの入った段ボール箱を発見。妻の説明も、イマイチどころか全くピンとこない。

ある日、中国からの女の子を受け入れたいと妻から頼まれる。あまりにいろいろ言ってくるので、最後には「わかった」と答えた。

「でも、オレは外国人が来ても絶対会わないから」と言うと「うん、会わなくていいから」と言われたものの、2DKの狭い我が家では避けられず、一緒にご飯。

・・・でも実は初めての楽しさを感じた。

⚫︎長男2歳の頃:ファミリー(活動場所)への参加

走り回る長男に加え娘も生まれ、子守ということでファミリー(活動場所)に行くことに。でもオレは子守役に徹していたので、何語かわからないことばは口にすることは全くしなかった。

⚫︎長男4歳の頃:初めて自然に口から出た韓国語の楽しさ

長男の通う保育園に韓国のお母さんがいると、妻から紹介される。その人と「アンニョンハセヨ」と挨拶を交わした。

初めて自然に韓国語を口にしてみて、結構楽しかった。

⚫︎長男5歳の頃:「ヒッポは続けよう」親父仲間ができ、自ら活動へ

マイホームを建てることになり、時間もお金も心配になった慎重派の妻が「ヒッポってやめなきゃいけないかな?」と聞いてきた。

私は迷わず「やめなくていいよ。ヒッポみたいな人間関係は他ではないから」と答えていた。

気がつくと、オレ自身、ヒッポの親父仲間と親しくなっていて、休日や会社帰りに週2日はファミリーに出ていたこともあった。妻やこどもが休んだ時に一人で行くファミリーというのも結構楽しい。いろんな人に声をかけてもらい、今まで知らなかった様々なことばを、妻以外の人に教えてもらったりする楽しさも知った。

この春、ヒッポの会で活動を25年続けているフェロウ(※地域活動をサポートするメンバー)の人たちに会った。

妻もあんなふうになったらいいなと思い、会の帰り道に「長くヒッポをやってる人たちっていいと思うんだけど、そう思わないか?」と聞いた。

オレの中では、フェロウ家族になる決心ができた。妻も嬉しそうだった。

家族で地元にファミリーを始めるぞ!

おまけ:妻のつぶやき

ある日、客用の茶碗をしまいながら「またお客さんが来たら使おうね」と言うと「うちにお客さん来たことないじゃん」と息子。私は唖然として「だって、ほらこの間ノルビーが来たでしょ」「その前はベンもヨンも・・・」と我が家にホームステイした人たちの名前を並べると「それはお客さんじゃなくて、全部友だちだよ」と。これにはとっても驚きました。

長野の山あいで育った私が初めて会った外国の人は、中学校のAETの先生で、英語は出会った時から「勉強」でした。そんな英語コンプレックスだった私がヒッポに出会い、以来、息子はいつの間にかそんな感覚を身につけていたんです。息子はどこの国の人とでも、遊びながら自然にことばを交わしています。人と人の間にことばがあるんだと、こどもから教えられた気がしました。

初めの頃はヒッポを敬遠していた主人も、今では「いろんな人と会っているうちにことばって話せるようになるのかな」と一緒にヒッポをやってくれるようになり嬉しいです。
(妻 M・Y)

  1. ホーム
  2.  >  ヒッポのある生活コラム
  3.  >  「ヒッポって何?」疑っていた夫が、家族で多言語活動を楽しむようになるまで