ルーマニアから高校留学・インターン!3度の日本滞在で広がった世界
A・P/ルーマニア
● 日本に興味を持ったきっかけ

私は東ヨーロッパのルーマニアで生まれ、小さい頃から家族とフランスやイタリアへ旅行をしていたけれど、その頃夢中だったテニスのこと以外は、何も興味がわきませんでした。
ことばもルーマニア語が話せれば困らないから、ヨーロッパの他のことばへの興味もありませんでした。
12歳の時、「村上春樹」の作品を初めて読みました。今までとは別の、初めて知らない世界に触れた気がして感動しました。
それがきっかけで、日本という国に行ってみたいと強く思ったのです。
ことばもルーマニア語が話せれば困らないから、ヨーロッパの他のことばへの興味もありませんでした。
12歳の時、「村上春樹」の作品を初めて読みました。今までとは別の、初めて知らない世界に触れた気がして感動しました。
それがきっかけで、日本という国に行ってみたいと強く思ったのです。
● 1回目の日本留学(高校留学)
思いが通じて、ルーマニアから初めて、高校生での留学となったのです。それを日本で受けてくれたのが、ヒッポのプログラムでした。
でも、来てみたら本当にことばがわからない。習慣も違う。電車にも一人で満足に乗れない。何もできない世界に飛んできてしまったようでした。
ホストファミリーのママは「せっかく日本にいるのだから、日本語で話してごらん」と言います。でも、わからないことばを話すのは嫌・・・そう思うと、なかなか日本語が話せませんでした。
でも、来てみたら本当にことばがわからない。習慣も違う。電車にも一人で満足に乗れない。何もできない世界に飛んできてしまったようでした。
ホストファミリーのママは「せっかく日本にいるのだから、日本語で話してごらん」と言います。でも、わからないことばを話すのは嫌・・・そう思うと、なかなか日本語が話せませんでした。

ホストファミリーには、妹が2人いました。その1人が毎日必ず食べるものがあって、それが気になるんだけど、ことばがわからないから聞けない・・・。
その後ことばが話せるようになってからも、聞いてみたいけど家族の中では彼女しか食べていないから、もしかして薬かな?ーだったら聞いたら失礼かなと思うとやっぱり聞けませんでした。
そんなことで毎日見ているのに、毎日「聞けない」と思ううちに1年が経ってしまったのです。
ルーマニアに帰国して、私の1年はどうだったか考えました。少し日本語は話せるようになったのと、10Kg太っただけ。全然成長していない・・・
どうしてももう一度日本でチャレンジしたくて、もう1年留学できることになりました。
その後ことばが話せるようになってからも、聞いてみたいけど家族の中では彼女しか食べていないから、もしかして薬かな?ーだったら聞いたら失礼かなと思うとやっぱり聞けませんでした。
そんなことで毎日見ているのに、毎日「聞けない」と思ううちに1年が経ってしまったのです。
ルーマニアに帰国して、私の1年はどうだったか考えました。少し日本語は話せるようになったのと、10Kg太っただけ。全然成長していない・・・
どうしてももう一度日本でチャレンジしたくて、もう1年留学できることになりました。
● 2回目の日本留学(高校留学)

新しいホストファミリーは、7才のこどものいる家族でした。
着いたその日にこどもが食べていたものは、前に来てずっと聞けなかったあの食べ物!
何も考えずに「これは何?」と聞くと、「納豆だよ。食べる?」って返ってきて、食べてみたらすごく美味しかったんです。
こんな美味しいものを1年間も食べずにいたなんて、すごくもったいないことをしたと思ったのです。
だからこそ、今度はもうそんなことはしない!って決めました。
着いたその日にこどもが食べていたものは、前に来てずっと聞けなかったあの食べ物!
何も考えずに「これは何?」と聞くと、「納豆だよ。食べる?」って返ってきて、食べてみたらすごく美味しかったんです。
こんな美味しいものを1年間も食べずにいたなんて、すごくもったいないことをしたと思ったのです。
だからこそ、今度はもうそんなことはしない!って決めました。
● 3回目の日本留学(インターン)
3度目の日本は、インターン生としてヒッポに来ました。
そして、ルーマニアからお父さんが初めて日本に遊びに来てくれました。
そして、ルーマニアからお父さんが初めて日本に遊びに来てくれました。

奈良へ遊びに行った時、ヒッポのメンバーが私たちを案内してくれたのですが、ルーマニア語しか話せないお父さんとずっと話しているんです。
私には「ルーマニア語で“何?”って何て言うの?」と聞くので「“チェ~?”だよ」と教えると、ヒッポの人たちは何を見ても「チェー?」って。
観光の途中、たくさんの鹿を見ては「チェー?」。
お父さんが「カピオラオ」と教えると、その後は鹿を見るたびに「カピオラオー!」と言い合って、この日、何十回言ったかわからないくらい。
私には「ルーマニア語で“何?”って何て言うの?」と聞くので「“チェ~?”だよ」と教えると、ヒッポの人たちは何を見ても「チェー?」って。
観光の途中、たくさんの鹿を見ては「チェー?」。
お父さんが「カピオラオ」と教えると、その後は鹿を見るたびに「カピオラオー!」と言い合って、この日、何十回言ったかわからないくらい。
ジェスチャーを交えながら「ルーマニア、~~~チェー?(ルーマニアでは何を食べるの?)」などと、お互い話が弾み楽しそう。そんなお父さんの、こどもの様に喜ぶ姿に驚きました。
人はこどもっぽい部分を出すと友だちになれるけど、大人になるとそれがだんだん出せなくなるのかもしれません。
人はこどもっぽい部分を出すと友だちになれるけど、大人になるとそれがだんだん出せなくなるのかもしれません。
● 日本への留学を通じて得た学び
私は、「村上春樹の世界」が見たくて日本に来たけれど、気がついたら「ヒッポの世界」に飛んできてしまいました。
でもそのおかげで、いろんな国を見てみたい!いろんなことばをみつけて、その新しいことばをみつけながら、新しい自分をみつけていきたい!と思うようになりました。
人間はどこまで大きくなれるのか。
私の出会った「ヒッポ人」たちは、そんなことを私に教えてくれました。母国ルーマニアにヒッポ人たちが来てくれることが楽しみです。
でもそのおかげで、いろんな国を見てみたい!いろんなことばをみつけて、その新しいことばをみつけながら、新しい自分をみつけていきたい!と思うようになりました。
人間はどこまで大きくなれるのか。
私の出会った「ヒッポ人」たちは、そんなことを私に教えてくれました。母国ルーマニアにヒッポ人たちが来てくれることが楽しみです。